行政評価・監視機関の設立プログラム 【目次】 【まえおき】 【I】(このページ) 【II】 【III】 【IV まとめ】 【参考リンク集】

行政評価・監視機関の設立プログラム
─行政の質的向上のために─

World Atlas

I.行政評価の手法・基準

1.行政評価の現状

 行政評価の手法・基準について、幅広く一般に受け入れられているものはあまり見かけません。一億総評論家の時代にあって、評論家、政治家、マスコミ人はもとより様々な人々が連日行政批判を行っていますが、行政評価というより行政手続き・手順についての論議が大半を占めると思われます。また行政評価をする場合でも、その行政評価は、評者各人の個人的な判断基準、あるいは各党派やマスコミ各社独自の基準にもとづいているものが大部分で、人々に共通の間主観的な科学的評価・判断の基準にもとづいた行政評価に出会うことはまれです。

 中央政治の現場では、行政改革や情報公開の考え方が与野党を問わず徐々に浸透しつつありますが、行政評価自体については、各党の思惑が微妙に異なるため、まとまった統一的かつ生産的な議論はほとんどなされていません。地方政治レベルでは、たとえば三重県で、約12億円にのぼる裏金問題の反省から、北川正恭知事を中心に、行政監査できるオンブズマンをはじめ精力的な行政改革の取り組みがなされていますが、行政評価のあり方については今後の検討事項と思われます。

 一方、市民オンブズマンの活動は、平成9年2月3日に公表された全国市民オンブズマン連絡会議による「第一回情報公開度ランキング」をみるとその傾向をうかがうことができます。このランキングは平成8年秋に実施した調査に基づいていますが、全都道府県の土木部管理課関係および12の政令指定都市の人事部総務課関係を対象として、懇談会費や出張旅費についての情報公開請求に対する開示内容や、請求から開示までの期間など計13項目を点数化したものです。公表された自治体別の情報公開度についての議論はここでは省きますが、このランキングを見ると市民オンブズマンの関心は、官官接待問題で注目された懇談会費や出張旅費をはじめとする、経理・支出関連書類のチェック、無駄遣い・不正支出、あるいは賄賂性の費用、不正授受の指摘がいまのところ主体であると思われます(注2)

 (注2)
 全国市民オンブズマン連絡会議による調査結果の詳細は、次のホームページを参照してください。
・「95年度都道府県等情報公開度ランキング」調査結果
  http://www.ombnagoya.gr.jp/omb_old/ombudsb4.htm

 最近では市民オンブズマンもその活躍の範囲が広がり、株主オンブズマンや人権オンブズマンのような取り組みもみられますが、行政の個々の施策、実施された内容・成果の検討評価は今後の課題といえます。
 このようなことから、経済評価の手法がかなり進んでいて、各種の経済指標が一般に提供され活用されているのと比べると、行政評価は非常に立ち遅れているといえます。

 実際、国および地方の行政の現状を評価するための各種の指標(ここではこれらの指標を総称して「行政指標」と呼ぶこととします。)があってよいはずですが、一例を挙げれば、各内閣あるいは各知事の行政実績を明確に評価する、統一された行政指標はありません。

 行政指標が明確でないことは選挙結果にも如実にあらわれています。たとえば筆者の住んでいる名古屋の周辺では、平成9年2月2日に岐阜県知事と岐阜市長選挙が同時に実施され、さらに4月20日に名古屋市長選挙が行われました。しかし、いずれも選挙での争点がはっきりせず選挙民の関心もさほど盛り上がらず、投票率も低迷しました。ちなみにこの岐阜県知事選の投票率は45.44%で過去最低、岐阜市長選の投票率は37.22%で戦後3番目の低さでした。一方、名古屋市長選の投票率は34.28%と前回市長選(平成5年)の31.70%を上回ったものの、史上4番目の低い投票率でした(注3)

 (注3)
 本論からやや外れますが、たとえば選挙の有効投票率が50%に満たない場合は、有効投票率が50%以上に達するまで、再選挙を実施してはどうかと、筆者は考えています。選挙費用と期日が余計にかかる上に、もう一度選挙管理委員会を中心にスケジュールを立てて仕切り直ししなくてはならないなど面倒な点が多いですが、それ以上に、候補者と選挙民の当たらず障らず的な意識を変えるのに十分有効であると考えます。候補者と選挙民の双方がどこまで真剣になれるかが、投票率を左右する鍵となるからです。

 そこで行政監視の組織を作る以前に、行政評価の手法・基準を確立し、行政指標や行政チェックリストを国民にわかりやすい形で提示する作業が必要となります。

2.行政評価のシステム化

 行政評価のシステム化にはいろいろな方法が考えられますが、ここではその基本的な作業として、
○ 行政評価の手法・基準の定式化、並びに
○ 行政指標および行政チェックリストの策定
を想定しています。
 これらの作業を個別に、同時並行的に行いながら、全体として行政評価のシステム化に取り組むものとします。

 行政評価のシステム化の仕事は、公務員、民間人、研究者や専門家等を含めた、大掛かりな作業になると予想します。いま進行中の行政改革の一環として、この行政評価のシステム化に政府として本格的に取り組んでいただきたいと筆者は考えています。この行政評価のシステム化の作業を行政改革の作業と別個に推し進めることもたしかに可能ですが、できるだけ政府を巻き込み、行政改革の一つの大きなテーマとして取り組むような形としたい、というのが筆者の念願です。

イ.行政評価の手法・基準

 行政評価のシステム化で、最初になすべき仕事は、行政評価の手法・基準を理論面で整備、確立することです。いいかえれば、パソコンやコンピュータの助けを借りて、行政評価の手法・基準を定式化することです。
 評価・判断の手法としては、現在頻繁に使われている統計的推論方法や、形式論理学(数理論理学)の推論法などいろいろあると思われます。統計的推論方法はここでは措くとして、形式論理学の推論法に少し触れておきます。

 形式論理学の推論法についていえば、まだわが国では社会科学や政治の領域で、評価・判断の手法としてほとんど活用されていないように見受けられます。この方法では、たとえば、十人十色の個人の評価・判断基準をひとつひとつ構成的に積み上げて、科学的な間主観的な評価・判断基準を構築する作業を、評価対象となるおのおのの事項(命題)に対して個々に行うことになります。
 米国ではこの方法がかなり以前から取り組まれていて、たとえば次の本、

 Baruch A. Brody, "LOGIC: Theoretical and Applied" (論理学─その理論と応用), Prentice-Hall, 1973. 〔著者はこの本の発行時(1973年)マサチューセッツ工科大学で教師をしていました。〕

は、論理的方法の現実の問題への適用が主テーマの一つとなっています。この本では当時論議を呼んでいた三つの問題、

(1) 信仰の合理性(有神論、無神論、不可知論などの神の存在についての論議に関連して)
(2) マリファナの事前使用とヘロイン使用・中毒との関係(両者に因果関係があるかどうか)
(3) 市民不服従の道徳性(法と秩序に関連する是非の論議)

をとりあげ、それらの問題を解決することを最初に目標としてかかげています。
 そのための手だてとして、ことばの理論、意味と真理、推論法、演繹的理論、帰納的理論などの形式論理学の方法を詳述し、そして最後に著者は、上述の三つの問題につきあらためて定式化し、再構成し、推論を重ねた上で、評価・判断できるかどうかの考察を行っています。
 結論的には、

・(1)(3)は現状では評価・判断できない、もっと調査研究が必要である。
・(2)は、因果関係の検証に用いた統計的証拠(データ)は、マリファナ使用とそれに続くヘロイン中毒の因果関係を示すために用いることができない、つまり、この場合の評価・判断には使用できない。その理由は、このマリファナの事前使用とヘロイン使用との因果関係に外れる事例が多くあるからではなく、この因果関係とは別のやり方で、その統計的証拠がよりよく説明できるからである(同書11章)。

 と著者は記しています。上述の三つの問題に対する結論は妥当なものと考えますが、それはそれとして、議論の進め方には説得力があります。

 ここで取り上げた本はほぼ四半世紀前に書かれたものですが、内容的にはきわめて今日的なものだと思われます。いまやパソコンの普及とともに流行しつつある統計的方法とともに、この形式論理学(数理論理学)の方法が、評価・判断手法の一つとして広く活用されることを筆者は願っています。

 行政評価の手法・基準の定式化については、筆者の限られた知識ではこれ以上の議論を控えますが、この行政評価の手法・基準の定式化の見通しが立たない限り、行政評価・監視機関の設立プログラムの円滑な推進はむずかしいと考えます。

ロ.行政指標および行政チェックリスト

 さて次に、行政評価の手法・基準の定式化とともに、行政を国民(住民)一人一人が評価し理解できるようにするための「行政指標」(数値指標として表現することを原則とします。)および「行政チェックリスト」の立案、策定に取り組みます。
 行政指標および行政チェックリストの立案も、行政評価の定式化と同様に、大掛かりな作業になると予想されます。行政指標やチェックリストは、人々が行政をよりよく理解し、行政により親近感をもち、それらを通じて公共の福祉や利益に反しない行政を一層推進するのに役立つかどうかの、実践的な側面が重要視されます。

 まず、国政・地方行政のおのおのに対し、少なくとも200項目程度の行政指標を立案し、取り決めるものとします。その際、既存の各種指標の扱いは次のようにします。
 現在実際に使用され流布している指標として、財政指標、金融指標、経済指標、エネルギー指標、産業指標、企業活動指標、経営指標、貿易指標、および、物価・家計・消費・住宅・労働・賃金・教育・選挙・保健衛生・社会保障・交通・治安・災害等の国民生活指標などがあります。これらの指標と、ここで提案している「行政指標」とを比較・対照し、それら指標と行政指標との役割の違い、社会生活のなかで占める地位・位置をまずもって明確にする必要があります。その上で、既存のもろもろの指標のうち、行政を評価・判定するのに妥当であり、行政指標として適切と考えられるものについては、行政指標として採用するものとします。
 こうして策定した行政指標(新たに考案した指標および既存の指標を含む)をもとに、行政の現状と照合する作業を行い、さらに行政指標を洗練、整備します。

 それと同時に、各種のチェック項目から構成された「行政チェックリスト」を、国政・地方行政に関しそれぞれ作成します。おのおののチェック項目は、行政としてこの水準まではやっておくべきだ、この範囲まではカバーしておくべきだというようなことを具体的に記述した、評価・判定を要求する文章で表現します。
 この行政チェックリストの対象となるチェック項目は国政・地方行政それぞれ、少なくとも300〜400項目程度に達すると予想されます。

 これらの「行政指標」および「行政チェックリスト」に基づき、国政および地方行政を評価することとします。チェックリストの項目のうちで、どのくらいの項目が実際に達成できているか判定を下すことによって、たとえばその時点での内閣あるいは地方公共団体の仕事が、数値(点数)として評価できるようになるはずです。
 ここでは、数値(点数)と優・良・可・不可あるいはA・B・C・D・Eなどの段階的判定法を併用する形で行政評価をし、格付けを行います。この格付けは、スタンダード&プアーズ社他が実施している企業・会社の信用調査・格付けのやり方などを参考とします。

 なお、行政指標には、国会議員や省庁の職員を含む国家公務員、および地方公務員の勤務評定、さらに、国会議員や都道府県知事、市町村長、地方議会議員の格付け評価(担当した仕事、業績および社会貢献度等にもとづくランクづけ。年に一、二度実施して公表)に活用できる各種の指標、なども含めるとよいと思います。

ハ.コンピュータの利用と情報公開

 前項イ、ロの作業を通じての行政評価のシステム化にあたっては、パソコンやコンピュータをソフト面およびハード面で利用することとなります(注4)
 その理由は、行政評価の手法・やり方を学習しある程度の実務経験を積めば、担当者が支障なく行政評価の処理業務ができるようにするとともに、行政評価を一部の人々に委ねるのでなく、その気になれば国民もしくは住民の誰でも容易に行政評価に取り組むことができるような基盤形成を目標としているからです。
 さらに、これにより行政へのアクセスがより身近なものとなり、と同時に、役所=行政機関側の情報公開をいっそう促進する足掛かりになることを期待しています。

 (注4)
 コンピュータに象徴されるマルチメディアの進展が、コンピュータの冷房装置の終日運転などで、コンピュータの数と利用量の増加と共にエネルギー消費の増大につながることが懸念され、警告が発せられています(豊橋技術科学大学・大竹一友教授「産業環境革命への技術課題」蔵前工業会東海支部講演会、平成9年5月19日)。
 エネルギー資源が限られている現状では、エネルギー消費を節約するコンピュータ・システムや通信ネットワークの設計・製作が21世紀に向けた重要課題になると思われます。

 情報公開については、政府の前掲「行政改革プログラム」第3章「1.行政情報公開の推進等」によれば、平成9年度内の法律案の国会提出をめざし、情報公開に関する法制化が計画されているようですが、情報公開を裏づけ、促進するような基盤づくりは明確には打ち出されていません。
 同「行政改革プログラム」第4章「2.行政の情報化」に政府の行政情報化の方針が記されていて、その計画の詳細と実施の現況を次の二つの文書で把握することができます。

・「行政情報化推進共通実施計画」(平成9年3月26日改定)
  http://www.soumu.go.jp/gyoukan/kanri/suisin2.htm
・「行政情報化の推進状況報告─平成8年度における実施状況を中心として─」(平成9年3月26日)
  http://www.soumu.go.jp/gyoukan/kanri/suisin1.htm

 このうち後者の「行政情報化の推進状況報告」のおわりに、行政情報化の現状認識と計画の見直しが取り上げられ、その末尾に、

 「行政情報の提供については、最近における情報公開論議の高まりとともに、より一層、提供情報の内容の充実、多様化、タイムリーな提供等の要請が増大しており、また、電子的なアクセス手段を持たない国民への情報提供機能の検討が必要になっているなど、行政情報の積極的な提供の観点から、より広い視野に立った施策の展開を図っていく必要がある。」

 と記されています。これによれば、政府としても国民への情報提供機能の一層の充実の必要性を感じているものの、情報公開との関わりで行政情報システム化を今後どのように展開していくか明快なストラテジーはまだ策定されていないように見受けられます。筆者は、行政評価のシステム化によるソフト面およびハード面での整備が、結果的に情報公開の推進に役立ち、貢献すると考えています。それゆえ、政府がその行政情報化推進計画に、行政評価のシステム化に向けたアクションを盛り込むことを期待しています。

(堀場康一) 

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(Ver. 1.0 2002/07/08)
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